2010年09月06日

[学園黙示録]act10 高城沙耶の親父抜刀


 先日毒島冴子の抜刀シーンが有り得ない絵となっている事を書きました。
今回は高城沙耶の親父、高城壮一郎の抜刀シーンだ。迫力有ります。

高木親父の抜刀.jpg

 刀身の向きも正しく、刃が上を向いている。毒島冴子の抜刀シーンは何だったんだろう。単に間違えた?放送するまで誰も気づかなかったんだろうか。まぁ謎は謎と言う事で。


posted by にこらて at 16:47| Comment(4) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ども、先ほどこの回を録画で視聴しました。

…謎と言えば、
視覚がなくて音だけに反応するってことになってるけど、その特性を強調するシーンに於いては、壁にぶつかり続けたり、坂を転げ落ちたりするけど、
その割に、その辺歩いてるやつらは、障害物を避けて道路沿いに動いて集まって来てる風なのは、なぜなんだろうか。

あと、あのゾンビ達は、どうして共食いになったりしないんだろうか。何か識別手段を持ってるなら、ゾンビ避けになるんじゃないかな!?

突っ込んだら負けなのかなあ。
Posted by nao at 2010年09月11日 15:10
 このアニメ。多少伏線を残しつつ1クール修了しましたね。
 でも最終話に向かって色々ぐだぐだになってしまっている。もう突っ込むのも面倒なくらい。

 ”奴ら”を行動不能状態とするには頭部を粉砕するか切り落とす以外方法はないという設定じゃなかったかな。でも宮本麗が着剣戦闘するシーンでは”奴ら”の胸に剣を突き刺すだけ。
 その戦闘シーンも有り得ない。棒立ちでひょいと着剣銃を突き出すだけで、すかっと突き刺さる。料理包丁じゃあるまいし、それ無理。腰を入れてがつっとやらなきゃ一発で突ききる事は出来ない。
さらに有り得ないのは、剣を引き抜くとき、やはり棒立ちでひょいと抜いて、それで抜けてしまっている。これも有り得ない。剣は突き刺さっているんだ。つまり剣全体に摩擦が発生する。突き刺すときよりもさらに気合いを入れて一気に抜かなければ抜けてこない。対象が軽いのならば足をかけて、ガンと一気に抜かなければならない。

 最後の方はもう本当にぐだぐだになってしまっている。一々突っ込んでいたら切りがないほどに。
 最初の頃のクオリティはどうしてしまったのか?制作陣に何か有ったんだろうか。
Posted by Tya at 2010年10月02日 22:32
アニメ制作陣というより漫画家側の佐藤ショウジがグダグダの元凶ですよ。

彼が原作者の佐藤大輔が創った、〈奴ら〉出現によりこれまでの常識が崩壊した世界観、
つまり「実際にゾンビ紛いの騒ぎが現代社会で起きた時どうなってしまうのか、
またそれに人々がどう対応するのか」という第一話から形成された法則を
話が進むごとに壊していったからです。

簡単に言えば強い主役たちのお色気混ざりの派手な立ち回りによるゾンビ退治物、
悪く言えばただのバイオハザードもどきの作品に改竄してしまったのです。

現実味を出す事を重視していた原作者にしてみれば、あそこまで派手に嘘の戦闘描かれれば
完全に裏切られたとしか思えず、がっかりして構想止めてしまうのは当然と思いますけどね。
Posted by YKK at 2012年04月17日 22:41
YKKさん。コメントを有り難うございます。
そういう内部事情が有ったんですか!アニメ作品を作るとなると原作の思想すら改編してしまうような”大人の事情”も発生するのだろうなと。特に万人受けするテーマでは無さそうなので難しい事もありそうですね。
アニメで気を削がれてしまっていましたが、原作を読んでみたくなりました。有り難うございます。

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コメント承認が遅れてしまい申し訳ありませんでした。今日気づきました(^0^;)
Posted by tya at 2012年07月11日 16:33
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